荒了寛 公式サイト Ryokan Ara Official Web Site

自己紹介

「にこにこ羅漢さん」 瀬戸内寂聴

私はもう半世紀ほど前から荒さんとおつきあいしている。 最初は、当時の天台座主、山田恵諦大僧正のハワイツアーの一行に加えてもらった時であった。私たちを迎えてくれたのは、ハワイ天台宗別院の御住職荒了寛で、その頃のハワイ別院は、他の宗派の堂々とした立派な寺々に比べて、いかにも見劣りのする小さな、見るからに貧しげなお寺であった。ハワイへの進出に他宗に立ち遅れた天台宗が、寺一つ持っていない時、荒師が単身ハワイに乗り込んで、自費で、こつこつとハワイ天台宗別院を創建されたのであった。

壁にいくつかの立派な仏画がかかっていた。 私がそれに目をとめて、どなたの作品ですかと伺ったら、荒師が照れた少年のようにはにかんで笑顔になって「私の描いたものです」とおっしゃった。私は画面から光が放っているような仏画を不思議な思いで眺め拝んだ。 その旅のある時、荒師は、障害のあるお子さんがあり、その御子息を入院させられるいい病院がハワイにあるため、一家をあげて、すべての仕事を捨ててハワイに渡ったのだと話して下さった。

ハワイのどこかの丘のようなところで、私と姉と、荒師の三人だけの時であった。その時、荒師はこうも言われた。 「家内も私も、とても辛くて、その子が可哀そうで、この先どうして生きていけばいいのかと迷っていたこともありました。でも今は、この子がいるため、私たちは生きていかれることがわかりました。この子のおかげで、ハワイ別院も生まれたのです。この子こそ、私の仏さまですよ。今では心からそう思ってこの子を拝んでいるのです。」

私も姉も下を向いて涙を流した。私の目には淡々と話している荒師の顔こそ仏さまのように見えた。

* 荒了寛 絵説法カレンダーより抜粋